巡る冬の日Side-A(仮面ライダーV3)



 おそらくその瞬間に脳裡をよぎったのは、間に合わない、という事だけだったろう。
 常人よりもはるかに優れた能力を持っていてもなお、力の及ばない事がある。
 改造人間といえども万能ではないのだと。そんな事は、これまで嫌と言う程思い知らされてきた筈だ。
 どれだけ強くなっても、決して手の届かない事がある。
 目の前で失われようとする生命を、ただ成す術もなく見つめている事しかできない。
 それでもせめて、自分のできる事を。
 迫りくる光景の中で、風見志郎はその時ただそれだけを考えていたようでもあった。


 踏む砂の冷えた白さが、目に染みた。
 仰ぐ空はうっすらと雲に霞み、どこまでも続く砂浜に薄日が射している。遠く低く響く波音に目を上げれば、灰青色に淀んだ海が時折鈍く光っていた。
 風見はその波打ち際を歩きながら、あの日の空は晴れていたろうか、と考えている。そんなに昔の事ではない筈なのに、思い出せなかった。
 空の彼方に見た爆発は、そのロケットの破片ひとつ地上に降らない遠いところで起きたのだ。
 その爆風を頬に感じた筈はなかった。
 たとえ風が吹いたとしても、自分の頬は固い外骨格に覆われている。どんな痛みも悲しみもその下に隠す、硬質の仮面だ。
(ライダー四号の名を贈るぞ…)
友人の死を悼む間もなく直面したデストロン首領との決戦に勝利し、長い戦いはようやく終わったのだった。
 けれども自分は本当に勝ったのだろうか、と思う。
 悪の組織デストロンの潰滅を誓って変えた身体になってさえ、結局自分はどれだけの人々の死を目の当たりにしたろう。
 そして戦いが終わった今も、そんな無力感から逃げる事もできないのだと知っている。力を持たなければ知る筈のなかった戦場に立ち、全ての命を救う事のできない悔しさを背負う。それが改造人間という道を選んだ自分の宿命だ。
 そんな事を考えながら、ふと足を止めた。
 たった今踏みしめた砂上の足跡を、静かに波が覆う。視線を上げると、ずっと歩いてきた彼方から続いている足跡は、いつしかゆっくりと埋められていた。
 寄せては返し、寄せては返し、やがて平らかに均されていく。
 吹く風に雲が切れて、俄に眩しい陽が射した。
 波に均された砂浜が白く光っている。
 遠い波音が耳鳴りのように押し寄せてくるのと同時に、その滑らかな光が不意に流れて痛くなる程迫ってきた。
 眩しくて、もう目が開けていられなかった。


 本当に眩しいな、とぼんやりと思っていたようだった。
 瞳を動かしても目の前に白い靄がかかっているようで、ものうくまばたきを繰り返した。やがてぼやけていた焦点が合い始め、身の回りの光景が少しずつ見えてくる。
 見慣れた窓から射す冬の陽光が、淡いクリーム色の天井に照り返している。壁に滲んだ影を落として三時少し過ぎを指している時計も、その下に置かれたソファもしっくりと目に馴染んだが、自分がどこにいるのかはなかなか思い出せなかった。
「…大丈夫か」
そして自分を覗き込んでいる顔を見定めるのに、少しかかった。
「―――結城?」
呼んだ声が自分でもひどく力無く聞こえて、風見は眉を寄せる。本当か、と身体を起こしかけて、後頭部から背に走る激痛に力が抜けた。頭の芯から振り回されるような吐き気と耳鳴りのせいで、視界が霞むようにぶれる。
「無茶するな」
低く叱咤する声と同時に背にしっかりとした腕が回されて、風見は思わず息をついている。
 抱き支えるようにして風見の身体を注意深く横にすると、結城は少し表情を和らげた。
「とにかく、良かった」
半分は自分に言い聞かせるように呟いた。
「頭もかなり強く打ってるんだ。一応の検査はしておいたが、まだしばらくは動かないほうがいい」
言いながら結城の手は風見の枕を整え、毛布を引き上げている。
「…頭?」
聞き返すとまた頭が鈍く痛んで、風見は苛立たしげに眉をひそめた。まだ手足も真綿に包まれたようにぼんやりと痺れて自分のものでないようだったが、少しずつ力をこめれば何とか動く。こめかみにざらつく包帯が触れるのと同時に、どこか傷めた箇所に触れたらしく寒気に似た痛みが走った。
 デストロン首領との戦いでそんな怪我をした覚えはないのだが、一体何があったのか。
 ここはどこで、どうして結城がここに居るのか。
 じっと心配そうに覗き込んでいる結城と目が合ってしまうのを避けて、どうにか思考を巡らす。
 そもそもお前が何故生きているんだ、などとまさか聞く訳にも行かない。
「風見?」
結城のいぶかしげな声は聞こえないふりをして、深い砂の中を手探りするように痛む頭の中をもどかしく探った。頭の芯はまだ重く、意識はなかなか覚めてこなかったが、やがてようやくひとつの光景に辿り着く。
 激しく揺れる視界の中、白く光るコンクリートの路面をなめて迫りくる黒煙と炎。
「…そうか」
呟いた声がひどく掠れて、風見は咳払いした。
「クラッシュしたんだな」
言葉にすると、途切れる直前の記憶が鈍痛と共に少しずつ甦ってくる。
 デストロンとの戦いから、既に何年も経っているのだった。
 つい今しがたまで夢で見ていたあの光景は、もうずっと昔の事だ。
 現実には、結城はプルトンロケットの爆発から奇跡的に一命を取り留めている。重傷を負った結城は、丁度デストロンとの最終決戦の為に帰国した本郷と一文字に助けられたのだ。幸い爆発のもたらした後遺症も、多少の不自由さはあるものの日常の生活には問題なかった。
 しかし回復した結城は、風見達と共に再び戦う決意を固め、その為の方法も既に決めていたのだった。
(元々この右腕は…C計画の一部だった)
結城がデストロン時代に立案していた改造人間計画―――通称C計画は、そして彼自身を被験体として実現される事となったのだ。
 右腕だけといういわば不完全な改造から、全身の改造を目的とするその計画を、結城は淡々と進めていった。デストロンが滅びた後も飽く事なく現れる悪の組織に対抗する為に、それが結城の選んだ道だった。
 そして平和な時間には科学者としての研究を続ける傍ら、こちらも普段はレーサーとして活動している風見のサポートを時折務めている。今回もスタッフとして会場入りしていた。
 しかしまさかそのレースで大事故が起こるなど、誰が予見できたろうか。
 レース終盤にさしかかった頃、風見は先頭集団のやや後方につけて最後のヘアピンカーブを抜けた直後、直線での抜ききりを狙っていた。そんな風見の斜め前のポジションをキープしていた選手がカーブ手前で勝負に出たのと、先頭の選手がカーブへの進入角度を僅かに過ってマシンがふらついたのとが同時だったのは不運としか呼びようもない。
 選手を路面に放り出した先頭のマシンはそのままスリップし、追い抜きにかかろうとしていた後続の選手のマシンに衝突してばらばらに弾け飛んだ。その残骸の中に、風見も含めた後続の選手が突っ込む事になった。
 普通の人間ならば反応できる筈もない高速の中でのアクシデントだったが、自分が一瞬回避しようとしたのを風見ははっきりと覚えている。事故か、と察した次の瞬間にはすぐ前を走っていた選手の背中がマシンの残骸の直撃を受けてシートからはね飛ばされ、恐ろしい勢いで目前に迫りつつあったが、まだイン側へハンドルを切ればぎりぎりですり抜けられる筈の軌跡を風見の目は見定めていた。
(…駄目だ)
しかし反射的にそう思っていた。
 ここで自分が回避しても、更に後続の一団が巻き込まれる。普通の人間の反応速度ではブレーキングが間に合わない。それ位なら速度を落とさず、もろともに突っ込めば、すぐ後ろの選手だけでも反応できる時間が僅かでも作れるかもしれない。
 瞬時にして迫りくる光景の中で、それ程はっきりと考えていた訳ではなかったが。
 そこまで思い出して、風見はふとまなざしを上げた。
「レースは?どうなった…?」
風見の視線を、しかし結城は彼にしては珍しい曖昧さで逸らしている。
「…話は後にしよう」
いつになく気遣うように、結城の右手が風見の髪に触れた。
「まだ熱があるな」
そう呟いて、そっと額に触れかかる指先に風見は知らず目を閉じている。
 それも懐かしい、硬質の感触だった。その後改造した部分は風見達と同じ人造皮膚で覆っているが、今も右腕だけはマネキン人形のような外観を晒している。デストロンで試作品として作られ、かつて陥れられた結城がヨロイ元帥への復讐を誓って移植した時の簡素な設計のままだ。
 日頃は手袋をしていなければ嫌でも人目についてしまう不自由さにもかかわらず、しかし結城は頑としてその右腕を変えようとはしないのだった。
 そんな事も思い出せる自分に、ようやく少し安堵した。
 自分はもう、何も失ってはいない。
 訳もなくそう思った。
「もう少し眠った方がいい」
ただ聞こえる静かな声に、だから素直に従う事にした。


 ほんの少しまどろんだつもりだったが、実際には随分長く眠っていたらしい。
 暗いな、とまだものうい頭で風見は考えている。仰ぐ天井の薄暗さに眉を寄せ、苛立たしく瞬きしたが、視界の昏さは変わらない。のろのろと視線を転じると、窓の外はすっかり深い闇にかわっている。
(…夜なのか…)
そもそも事故からどれ位の時間が過ぎたのだろう。
「あ、起きたか」
どうやら気を遣っていたものと見え、ベッドから離れたキッチンの灯だけがともっていた。その弱い光の下で本を読んでいた結城が顔を上げる。
「ああ、だいぶ落ち着いたな。……おい」
風見の額に手を当ててほっとしたように微笑すると、しかし結城はそのまま起き上がろうとする風見の背に慌てて手を添えた。
「おい、ちょっと待て」
無言のまま闇雲に身体を起こそうとする友人の重い身体を抱き起こし、その背を支えたままベッドの端からクッションを掴む。全くせっかちだな、と独りごちながら、負担にならない角度でクッションと枕の傾斜を整え、ベッドサイドのスタンドを点ける。
 柔らかいスタンドの灯に眩しげに目をすがめながらも何とか上体を起こした形におさまった風見を見やり、ふっと結城は息をついた。何か言いかけたが、思い返したように
唇を引き結ぶときびすを返す。ややあって湯気の漂うスープカップを手に、キッチンから戻ってきた。
「…飲めるか」
クッションから少しでも頭を浮かすと容赦なく喉を押し上げてくる吐き気に眉を寄せながら、風見は頷いた。
 どうやら自分で思っていたより、事故のダメージは大きかったらしい―――という事も、ようやく解り始めていた。視界がぼんやりと霞んでいるのはまだ目が慣れていないのか、打ったという頭のせいなのか。
 カップを取ろうと伸ばした手はまだ少し痺れるものの、どうにか思うように動いた。ゆっくりと唇をつけるとかすかな塩味にまた吐き気がこみあげたが、堪えて飲み込むとやがて静かに身体に熱が染み渡っていく。
 息をついて目を閉じ、瞼に透ける光を確かめて瞬きすると、少しずつ視界も鮮明になってくる。どうやら身体の方が先にまともな反応を取り戻しつつあるようだった。
「もう一杯くれるか」
カップを受け取った結城が少し笑ったのも、はっきりと見てとれた。
「鍋一杯作ったから、幾らでも飲んでくれ」
そんなには要らないな、と笑う余裕もようやく出てきて、ふと風見は思い出す。
「…今日は何日だ」
なみなみと注がれた二杯目のスープと一緒に返ってきた答は、レースの日から三日後だった。
「そんなに眠ってたのか」
またキッチンに向かった結城の背中に尋ねると、そうだ、と明らかに苛立たしげな答が返ってきて、風見はひっそりと肩をすくめてスープを口にした。
 しばらくして、香気の漂うコーヒーカップを手に結城が居間に戻ってきた。テーブルの上にきちんと畳まれていた幾折りもの新聞をもう片手で器用に束ねると、そのままついと差し出す。
「読むか」
事故の記事が載ってる、と促されれば、風見には受け取るしかなかった。
 最初の新聞は事故の翌日のものだった。一面にカラー刷りで大きく掲載されているのは事故直後の写真らしい。炎上するコースに消火器を持って駆けつける大会役員にピントが合っていて、煙に包まれる選手やマシンはいい具合にぼやけている。
 その後の日付の新聞は流石に一面を割くまではいかないものの、かなりの紙面を費やして事故の状況を報じていた。
 先頭でスリップした選手は後続車にはねられて即死。横滑りしたマシンに衝突した選手と、大破したマシンの直撃を受けて多重衝突となった選手を合わせて四人が重態。その他重軽傷者は計十数名を数える大惨事となった。大会委員会は事故原因となった先頭の選手を含む集団の当時の状況を検証、当レースの扱いについては検証後発表する、と表明している、云々。
「あまり無茶な真似はするな」
結城の声は尖っている。
 という事はこいつには解ったんだな、と風見は思っている。
 あの時、自分が何を考えていたのかを。
 冷静になってみればあの状況の中、自分一人でどれ程の事ができた訳でもない。無謀な事をした、とも思う。
 それでも自分が楯になって誰か一人でも助けられるなら、それで良かったのだ。
 何故あんな昔の夢を見たのかも、ようやく解り始めていた。
(―――もう死なせたくない)
その願いが、いつも必ず届く訳ではない。この力の限界は、当の風見が一番良く知っている。しかしそう解っていても進んで行くと、冬の海の彼方に約束したのだ。
 一度目は先輩達に―――そして二度目はこの友人に。
 新聞越しに、ちらりとその横顔を窺ってみた。
 怪我人相手に怒る訳にもいかないが、しかし怒っているのだ、という事はどうやら主張したいらしい。わざとしたように眉を寄せ、結城は難しい顔で窓の外に広がる闇を睨みながらコーヒーを啜っている。
 スタンドの淡い光に、きつく引き結ばれた顎の線が照らされていた。その見慣れた横顔に僅かな疲れが滲んでいるのに、風見はようやく気づいている。
 そう言えば三日も経っているのか、と思う。
 それは自分の知らない三日間だ。
「…悪かった」
ぽつりと呟いていた。
 自分の力の及ばないところで誰かを失いかける辛さ、そのやり場のない無力感は、決して自分ひとりだけのものではない。
「―――あの時は、もう駄目かと思った」
まだ怒っているのだろう、結城の声音は固かった。しかし口にした言葉で、むしろ自身が動揺してしまったらしい。小さく息を整えてゆっくりとこちらを向いた結城は、どこか気まり悪げな表情にも見えた。
 その生真面目な風貌は、意外な程感情を良く映すのだ。
 知らず浮かんだ微笑に頬の傷が痛むのに顔をしかめて、風見は再び紙面に視線を落とした。
「…それにしても」
新聞を読みながら、ふと独りごちる。
「良く病院に運ばれずに済んだな」
どの新聞記事にも、病院に収容された怪我人の中に風見の名前は報じられていない。
 少なくとも事故時には、風見自身の意識はなかった。そのままならば、他の選手同様に怪我人として病院に運ばれていたろう。そして治療を受ければ否応なく、普通の人間と違う身体である事は明らかになってしまった筈だ。どうなっていたかは解らないが、最低でも今後「普通の人間」のレースから退く事は覚悟しなくてはならなかったろう。
それを避けてここへ連れ戻してくれた相手の心当たりは、一人しかなかった。
「助かったよ」
風見にしては珍しく、素直に言葉は口をついていた。
 目覚める前に見ていた夢のせいかもしれない。日頃は忘れている事だったが、運命にも似た幸運がなければ、今この友人が自分の傍に居る事はなかったのだ。
 しかし言われた結城がいつになくまごついている風なのを、風見はふと怪訝に思う。
「―――上手くやれたかな」
ややあって返ってきたその口調に、嫌な予感がよぎった。
「どうやった?」
正直聞くのが怖い気もしたが、それでも尋ねずにはいられない。
「済まん、僕もだいぶ慌ててたから、はっきりと覚えてないんだが…消火作業中にコース内にもう救急車が入って来て」
記憶を整理しようとしているらしい結城が、コーヒーを口にする間を待つのがもどかしかった。
「とにかくこのまま他の選手と一緒に運ばれたらまずい、と思ってたら、5番と7番の選手を搬送したところで、次の救急車が来るまでにちょっと間が空いたんだ。だから『もう待ってられないからこっちで運ぶ』って割り込んで、ここまで君を運んだんだが」
「…ちょっと待て」
頭痛がするのは怪我のせいだと信じたい。
「お前も…確かバイクで来てたな」
沈黙が、そのまま答になった。およそ想像したくもない光景だったが、もはやここまで来たら確かめない訳にも行かない。
「という事は…会場からタンデムで運んだのか、俺を」
身近の例を考えてみると、あるいは科学者という種族に共通の属性なのかもしれない。仕方のない事なのだ―――と考えようとしているのは、逃避の一種だろうか。
 一見落ち着いているように見えて実は直情一直線、思いこんだらなりふり構わず目的向かってまっしぐら、という性質は、実際研究に関してはプラスの特性なのだ。しかし残念ながら、社会生活においては必ずしも長所と言い切れないのも確かだった。
 実力で叩きのめされない限り何人たりともその前に立ち塞がる事能わず、な結城の形相は、つきあいがなまじ長いだけにリアルに想像できてしまう。
 それも普段ならまだいい。その後ろに人事不省な自分が背負われていたと思い浮かべて、何とも言えずいたたまれない思いに駆られるのは果たして恩知らずな事だろうか。
 などとぼんやりと考えていた風見にとどめを刺したのは、勘違いした友人のどうやらフォローのつもりらしい一言だった。
「あ、落ちると危ないから、一応固定はした」
それはもはや一分の隙もなく怪しい。
 先刻の夢から遡るように、初めて出会うきっかけになった事件の記憶が否応なしに甦ってきたのは如何なる悪魔の計らいか。あの時赤ん坊に化けたカマクビガメを背負っていた結城の姿を思い出した途端に、目眩のするような光景まですんなりと連想できてしまった自分の想像力を呪うべきか。
 それをまたよりにもよって事故で騒然となった競技場の衆目の前で披露してくれたのか、と思うと、意識を失っていたのは果たして幸福なのか不幸なのかも良く解らなくなってきた。
 改造人間である事が明らかになるのと、一体どちらのダメージが大きかったろうか、と風見は一瞬本気で考えている。
「…次からはレンタカーで行くか」
風見の沈黙に、何か察するところはあったらしい。しかしどう考えても明後日の方向に誤解している結城に、かろうじて風見は力なく手を振っている。
 そういう問題ではない、と説明するだけの体力はまだなかった。
 結城にしてみれば無我夢中だっただけなのは解っている。とは言え悪気がなければそれで良いというものでもない、と風見は心中嘆息する。
 例えば病院まで付き添って行き、医者が来る前に人目につかないタイミングで運び出すとか、方法は他に幾らでもあったのではないか。せめてもう少し落ち着いて目立たない手段を取ってほしかったと思うのは、それとも自分の我が儘なのだろうか―――とくらくらする頭で考えたものの、今更何がどうなるものでもない、と止める。
 とりあえず今は傍に友人が居るという事実と、この先まだ自分がレースに出られるという現実だけを喜ぼう。
「…俺がもう二度とレースで事故を起こさなければ済む事だ」
自分への誓いを込めて、風見は低く呟いた。
 少なくとも金輪際、結城の目の前でだけは事故は起こすまい―――と心に決める。
 そうだな、とにこやかな笑顔を見せる友人に更に脱力しつつ、風見はもう少し眠ろうと目を閉じた。


                                <完>



   







 すみません、読み返して「勝手な設定」が紛れ込んでいるのに今更気づきました。
文中「結城さんが実はダブルライダーに助けられていて、その後C計画とやらがどうの」などと書いてますが、
これは弊サークルの「海を臨む日」という同人誌で捏造した「第52話以降」話における展開に基づいています。
つまり全くのファンフィクション設定です。
「なんじゃそりゃ?」な設定ですみません…。
 件の本の発行は5年以上前なんですがまだ完売して間もないですし、現時点で再録は考えていません。
も何もこの話とのつながりはその設定部分だけなので、続き物という訳でもありませんし無問題かと。
とりあえず「そういうローカル設定なのだな」位にお目こぼしいただけましたら幸いです。

「V3本編第52話以降」話についてはいずれ改めて「リターン」「風の軌跡」等々とはまた別にオンライン用に
1本書こう、と予定しているので、そこからでもこの話につなげられるといいな、などと思っております。
「そもそもどうしてそんな展開を捏造しようと思ったのか」もその折に併せて書きますので、何卒御容赦下さい。(2004.5.23)



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