「……うろちょろと逃げ回りおって……」
腹立ち紛れに鉄製の扉をその鋏でばりばりと切り開き、カミキリシザースは屋上へ出た。
さして広からぬ小学校の校舎である。上へ上へと追い詰めて行けば、取り逃がす訳はない筈だ―――そう考えて戦闘員を振り向けたのだったが。
しかしそれにしてはさっきから報告がさっぱり届かないのはどうした事か。
まさか、逃げられないよう追い詰めたら自分に必ず報告するように、という命令を無視してまで戦闘員ふぜいが勲功にはしるような事があるとも思えなかった。
(あるいは追跡を振り切られでもしたか……)
今の仮面ライダーV3・風見志郎の状態を考えれば、まずまともに立ち向かってくるとはカミキリシザースとしては考えにくかった。たとえあの裏切り者―――結城丈二の手を借りるにせよ、である。
もしかすると逃げ場のないままここまで上がってきたのではないかと思い、ぐるりと屋上を見渡したが影ひとつ見当たらない。
「逃げおったか……」
カミキリシザースが忌々しげに独りごちた、その時である。
「―――なあに、逃げやしないさ」
頭上から振ってきた、笑いさえ含んだその声に、カミキリシザースは一瞬振り返る事すら忘れて立ちすくんでいた。
「あんまり遅いんで待ちくたびれた位だ」
声の主はカミキリシザースの破った扉の上の屋根に腰掛けて、こちらを見下ろしている。
「……貴様!」
空高く走る冷たい風に、白いマフラーが凛と翻った。
既に暮れようとする陽の僅かな光ではその表情は定かにはならないが、しかしその瞳は鋭い色を確かに映して、カミキリシザースをその高みから見つめている。
「風見志郎……!」
その名が思わず口をついた瞬間、カミキリシザースは自分が有利な立場にある事も忘れて、従えてきた筈の戦闘員の姿をその小さな複眼の内に探していた。
「―――何を探してるか知らんが」
ゆっくりと立ち上がりながら、風見が言い放つ。
「お前が連れてきた連中なら、階段の途中でくたびれて全員お休みだ……どうするカミキリシザース、お供がいないなら出直してくるか?」
「……おのれ風見志郎!」
カミキリシザースは吠えた。
「この上は貴様の首を、ヨロイ元帥様への手土産にしてくれるわ……そこから降りてこい!」
「言われなくても降りていってやる」
間髪入れず言い返すや、風見の身体が跳んだ。
重傷とはとても見えない身のこなしで軽々と降り立つと、風見はそのまま扉を背にするかたちでカミキリシザースに向き直った。
「……いい度胸だ」
しかし同じ目の高さで相対して、ようやくカミキリシザースも落ち着いて風見を眺められたらしい。
右腕は肘まで巻き固め、その先も肩から吊った布の内に包んでいる。頬にテープで留められたガーゼに白さをうつしたように、その顔色も日暮れの中でさえはっきりと青ざめていた。
「よくもそんな身体でこのカミキリシザースに立ち向かおうとするものだな……」
風見は傷ついた右半身を引くかたちで構え、左腕一本で距離をとってカミキリシザースを斜に見据えた。
「だが今度こそ邪魔は入れさせん……その身体、ポリセア二五の泡と変えてくれるわ!」
言葉より早く、カミキリシザースの鋏が空をきった。
間一髪でかわす風見の襟元を鋭い刃がかすめ、マフラーの切れ端が羽のように風に舞う。対して繰り出した風見の左の蹴りは当たっていない。反動で泳いだ身体をとらえようとする鈍色の軌跡を一瞬の差で外しながら、長丁場になるのは避けなければ、と風見は思う。
戦闘が長引けば、負傷している自分の方が刻々不利になっていくのは明らかだ。
「!」
「……ふ」
隙をついて渾身の力をこめて打ち下ろした、風見の左腕の一撃は、確かにカミキリシザースの首筋深く食い込んでいる。
しかしカミキリシザースはそのままじろりと風見を楽しげに見やった。
「それで攻撃しているつもりか?」
無造作に鋏の付け根で風見の左腕を振り払い、間を入れずもう一方の鋏を振るう。すんでのところで身体を沈めて避けたつもりだったが、その瞬間風見の視界が赤くしぶいた。
こめかみにやった左手の指の間から一筋の血が流れ落ちる。目に入らなかっただけ幸いだった―――カミキリシザースの鋏の切っ先は、風見の左の目元から生え際にかけてかすめたのだ。浅い傷だったが、流れた血が目に入って視界を染め、焼け付くような痛みを生む。
容赦なく振り下ろされた鋏の下をくぐってかろうじて次撃は逃れたものの、完全に息が上がってしまって足に力が入らない。
「……次はどこがいい? 腹か? 胸か? それともいっそ、一思いに首を落としてやろうか?」
あざ笑いながらカミキリシザースの両鋏が勢い良く次へ次へと風見の動く方向をとらえていく。それをどうやって自分が避けているのか、風見自身にももう良く解らなかった。
貧血と目に滲みる血で視界がぼやけ、既に自分が絶っているのかどうかすらはっきりとしなかった。
(畜生……)
流石の風見も、ここまで自分の体力がおちているとは思わなかった。改造人間となって以来、数知れない危機をその超人的な能力で切り抜けてきた風見である。
自分の力を時に恐れこそすれ、身体がこんなにも思うようにならないのは久しぶりの事だった。
「……!」
くらむ視界の隅に頭上から振り下ろされる刃をとらえ、くぐってかわした背中が何かにはじかれるように止まった。
ものうく振り返ってみて、風見はそれが屋上の落下防止柵―――であったもの―――らしいと確かめる。
ついさっき風見が避けた拍子にカミキリシザースの鋏がその上半分を薙ぎ払い、今は倒れ込んだ風見の頭の辺までしか高さが残っていない。
「……どうやら逃げ場もなくなったようだな」
柵を背に回した風見に、ゆっくりとカミキリシザースが近づいてくる。
(……成程これでは後がないな……)
ともすればかすみかかる意識の中で、ぼんやりとそんな事を考えながら、風見は右腕を吊っている三角巾をけだるく外した。そのまま背後の丈の短い柵に、身体を預ける。
「死ね、V3!」
カミキリシザースが、勝利の歓喜と共にその鋏を最上段から振り下ろした。
まさにその刹那。
「!」
ふわりと目の前に白い布が舞ったのが、カミキリシザースの見た最後の光景だったかもしれない。
その瞬間、風見は避けるというより突っ伏すように身体を倒しざま、投げた三角巾の内にカミキリシザースの鋏をとらえ、そのまま引き降ろしたのだ。勢いで前にのめる格好になったカミキリシザースの身体は、同時に風見の全ての力をこめた一蹴に足をすくわれてバランスを失し―――そして本来の半分の高さもない落下防止柵は、カミキリシザースを止めるには低すぎた。
「……ぎゃあああああ!」
カミキリシザースの身体がゆっくりと柵を越え、その下の張り出しにぶつかった反動で完全に建物からはなれた。
絶叫がとおく尾を引き、風見は重いものが地面にぶつかる鈍い音と、それに続く爆発をきいた。
(……やったか……)
ずるりと背が金網をこすって滑る。今度こそ、本当に力が抜けてしまったようだった。
しかし風見は息がひどく苦しくなってきた身体をねじって、傷ついた半顔が金網に擦れるのもかまわずに下を眺めた。
いつもの事ではあるが、怪人が爆発した後には何も残らない。全ては何もなかったかのように消滅していた―――ポリセア二五と共に。
だがそれは、風見の見ようとしたものではない。
少しずつ見えにくくなってきた風見の目は、やがて裏門の向こうから、時折転びかけながらも一心に走ってくる青年の姿を小さく映した。
(馬鹿だな……無理して走りやがる)
金網にあたる頬が、かすかにひきつったように微笑んだかに見えた。
結城が苦労して裏門の鉄柵を登り越えたのと、そこまで追い続けた風見の目がふっと閉じられたのはほとんど同時である。
(……だが…あいつは帰ってくるんだ……)
ぼんやりと、そんな事を思ったようだった。
決して心を許さず。真実を知ってなお、ただ自分だけの正義を貫く為に一人で行こうとした彼が、自らの傷をおしてまで約束を果たす為、力の限りは知り続けているのだと。
その歩調はひどく乱れながら、しかし決して休む頃なく校庭を突っ切って校舎へと向かっている。目を閉じても、風見の耳にはその足音が聞こえている。
昇降口を踏み、廊下を走って。
足音が少しずつ、近くなってくる。
黄昏の冷たい風が、風見の髪を吹き過ぎていった。しかしその寒さは、今の風見には感じられなかった。目が閉じた事で、急速に意識が遠のいていく。全く力の入らなくなった身体が重く金網からずり落ちて、そのまま崩れるようにその場に横たわったのは解った。しかしもうとうに言う事をきかなくなっていた手足は、かたく投げ出されたまま動かない。
「―――風見!」
それでも不思議なもので、冷たいコンクリートから伝わる足音と、自分の名を呼ぶその声はまだ聞こえていた。
「風見!……しっかりしてくれ、風見!」
必死に耳元で叫ばれているらしい声と共に、コンクリートの床の感触が消えた。代わりに誰かの腕が、自分の身体を抱き起こしているらしい……と風見はおぼろげに知覚する。
それは人間の腕よりは、確かにいくらか硬質の弾力だったが、しかし温かな腕だった。
「風見」
かすかに震えるように、もう一方の手が風見のこめかみに触れた。熱をもった指が、その目元まで固めかけている血を丹念に拭っている。
そして上体を抱えているその腕と肩から少しずつ伝わる熱が、それと気づかない程冷えきっていた自分の身体の緊張をゆるやかに解いていくのを、風見は吸い込まれるような眠りにおちる寸前に意識した。
(……そういえば…こいつ、熱があったか……)
それとも自分の身体が冷たいせいなのか、というところまで、しかし思考は届かなかった。
3.十二月三十日未明
開いた目は、しばらく辺の薄闇に慣れずとまどっていた。
どうやら夜明けが近いらしい―――と風見は思う。窓の外に見える街灯は、たちこめる真珠色の靄の内で蒼白く遠く光っていた。
ぼんやりと眺めている内に、ようやくそれが見慣れた風景なのに気づく。風見は自分の部屋の窓から外を見上げているのだった。
意識の大半は未だ眠りの内にあり、自分の今の状況についてさしたる疑問が涌く程の思考も回復してはいなかったが、身体を動かすのが変にものうい。
風見はゆっくりと視線を巡らせ―――そして部屋の隅で白い翼のように何かがひらめいているのに、目をこらした。
やがて少しずつ焦点が合い始め、その翼のように見えていたものが手繰られる包帯であると知れる。
青年が一人、風見に背を向けて座り、上体に包帯を巻いていた。スタンドの灯でどうやら傷を調べているらしく時折手を止め、そしてまた器用に包帯を手繰っていく。しっかり締めようと伸ばした手から延びる包帯が薄闇の内で白く光り、それはどこか巨大な鳥が身繕いするさまに似ていた。
「……結城」
ようやく思い出したその名前を呼んでみる。
喉が乾いて掠れた声が届くとは思わなかったが、結城ははっとしたように振り返ると、ちょっと待て、と少し目を細めて答えた。
そのままもう傷を確かめる事はせず、手早く包帯を巻き付けてその上からシャツをはおりながら近寄ってくる。
「……どこか痛むか」
「いや……」
まだ断言できる程目は醒めていなかったが、身体が重い事を除けば気分は悪くない。
答えてから思い出し、右肩の具合を見ようと手で触れてみた。包帯が相当固く巻いてあるようだったが、触れても痛みはない。
「大丈夫だ。縫合してあるが、もうほとんど塞がっている……」
そして風見が自身で確かめるのを待って告げられた声は、今までになく穏やかだった。
「顔や足のほうも、もう全く問題ない……本当に驚かされる、君には」
独り言のように呟きながら、結城は微笑してさえいる。
「―――結城」
少し頭をかしげて目にかかる前髪をはらい、風見は結城を見上げた。
「始末は……ちゃんとつけてきたか?」
薄闇の内で、僅かに結城の表情が変化した。柔らかい表情の中に、静かだが厳しい緊張が添う。
「ああ」
それは結城が久しぶりに見せた、科学者の顔だった。
風見と別れたその足でアジトへ戻った結城には、途中妨害らしい妨害も入らなかった。
混乱の続くアジト内で、ヨロイ元帥以下主だった構成員は被害の少ない部署の撤収作業に追われているらしく、火薬庫の近くにあってほぼ全壊した実験室はとうに放棄され人影ひとつない。
そこで結城は残骸の中からポリセア二五のファイル―――であったものを発見したのだ。
それはもう、火薬庫の爆発した時その炎に包まれた焼け残りだった。
一応中をあらためてダミーでない事を確認してから、結城はその上にライターの火をうつして全てが灰に変わるのを見届け、帰路を急いだのである。
「……処分してきたよ」
心なしかその声は沈んでいるように聞こえ、風見はふと目をこらした。
「君のお蔭だな……ありがとう」
それは心底からの、感謝の言葉である。
風見がいなければ、自分一人ではポリセア二五のファイルを始末する事はできなかったと結城は思う。
しかし自身に誓った決意、望んだ決着を手にしながら、結城は何故か手放しに喜べないものを感じていた。
それは解放感にも似た喪失の哀しみである。
もうずっと前にデストロンと戦う事を決め、未練は断ち切った筈だった。だが自らデストロンの為の研究を葬った時、結城は同時に科学者としてデストロンで過ごした日々の全てをもまたその手で打ち壊したのだ。
今となっては厭わしい、けれどその時は確かに何の迷いもなかった幾年もの時間。
その日々はもう永遠に戻る事はない。
「……どうした」
風見の声に、結城は顔を上げた。
「いや」
そして少し笑ってみる。うまく説明はできないと知っていた。
「何でもない」
それでもまだいぶかしげに見上げている風見に、それ以上問いつめさせまい、と視線を外した。
「……今日の夕方頃、もう一度寄る。肩の傷を抜糸するからな」
スタンドの傍に置いたコートを取り、そのまま戸口へ歩きかける。
「それまで少し眠っていろ。デストロンもカミキリシザースが君に倒された早々、動いてもくるまい」
「―――結城」
出ようとしたところへ声をかけられて、仕方なく振り返った。
風見は左腕を突っ張って身体を起こそうとしている。
「風見!……何をして」
思わず駆け戻り、風見の肩を押しとどめようと手を伸ばした、その時である。
結城の左手首を右手で掴み、風見はそのままゆっくりと上体を起こした。頭が枕から離れた一瞬だけ、少し目眩がしたが、姿勢を正すとほどなく消える。ポリセア二五の薬禍がその身体から去った今、風見は本来もつ治癒力を取り戻していた。
「風見」
「……どこへ行く気だ」
「どこだろうと」
とっさの事であわてはしたものの、結城は反射的に表情を固くした。
「君には関係ない」
そっけなく突っぱねようとしながらも、手首を掴む手を振り払おうとしないのは、多分それが右手だからだろう。
肩の傷を盾にとる自分もあまりフェアとは言えないな、と思いながら、風見はそのまま手に力を込めた。引き伏せるようにして、結城が仕方なくベッドの傍の椅子に座るのを待つ。
「……熱いな」
え、と聞き返すように結城がまなざしを上げる。その瞳を見つめ返して、風見は緩めた指を結城の腕につけた。
「お前、まだ熱があるだろう」
それは風見が意識を失う直前の記憶である。
あの時自分の身体を抱き支えていた腕は、今掴んでいる手首と同じ熱さだった。
「冷蔵庫に氷がある……氷嚢も確か洗面台の下に入ってる筈だから、探してみろ」
「風見、僕は……」
何か言いかける結城の手首を、唇の端を曲げてぐいと引き、勢いで前にのめった結城の額に左手の甲を軽くやる。
「どこへ行こうとお前の勝手だが、その辺で時間をつぶすだけのつもりなら」
そしてその時、結城の脳裡にふっと甦った―――夢とも現実ともつかない光景があった。
「そっちの部屋ででも、少し休んでいけ」
それは薄明るい灯の下、額にあてられた誰かの掌の感触と、自分を見下ろすまなざしである。
ひどく感情はわかりにくかったが―――しかしひそめた眉が、確かに自分の事を案じているらしいと、その時うかされる熱の内で結城はぼんやりと思ったのだ。
(……誰が……)
救ってくれた助手達を失い、信じたデストロンも自ら捨てた。
もはや戦うだけの生と思い定めた以上、自分以外のものは信じるまいと一人決意した結城である。
自分が死んでも、悲しむものはもう誰もいない―――その覚悟の上でこそ、改造度の低い自分は人間を越えるもの達の戦いに加わる事ができる筈だった。
「……だから」
眉をひそめて額に触れる手を押しやり、結城は椅子から立ち上がろうとした。
「もう君の邪魔はしない。それは約束する。……だから僕の事は構わないでくれ。どうして……」
だがそれでも、と結城の心の底でささやくものがある。
信じたものに再び裏切られる痛手をおそれながら、それでも惹かれていく自分を知っている。
一見自分の思うままに行くようでありながら、全てを見つめ、全てを守ろうとする端整な面差しの青年の、その正義に。
しかしそれだけに、ためらいもするのだ。惹かれていく気持ちの強さの分だけ、それを認めてしまったらもう引き返せない。
(どうして、君はいつも……)
露草色にけむる窓の外は、ほのかに明るくなりかけている。風見の表情は、その薄明の中で少し微笑を含んだようだった。
「お節介をやく、か。……その台詞、お前にそっくり返してやろう」
「?」
「そんな寝不足の面して、どこを歩く気だ」
ふいと切り込んできたその言葉に、結城は思わず風見の手を払っている。
知っている筈はない―――この一日半、ずっと眠り続けていた風見に知られる筈はない、と解っていながら、その全てを見透かしたような口調に自分の内心まで悟られたような気がして。
「……と……」
しかし手を払われた弾みで右肩の傷に障ったらしく、風見が息を詰めるのに結城は我に返った。
「すまん、大丈夫だったか?」
あまりにいつもと変わりなく見えるので忘れかけていたが、その右肩は完治してはいないのだ。
結城が風見を部屋まで連れ帰ってきたのが、二十八日の夕方である。
あり合わせの器具で肩の傷を縫合し、ポリセア二五の反応が出始めていた左足とこめかみの傷の手当てをしたものの、しかし必要な輸血のあてはつかない。祈るような気持ちで、風見の体力に賭け、結城はこの一昼夜を過ごしたのだ。
少しでも容態が変わったら、と一睡もできない程に気を張っていた結城が、どうやら峠は越したと判断できたのさえ、僅か十時間位前に過ぎない。
こんな事でまた傷口が開きでもしたら、とあわててその肩を支えようとした結城と、風見の目が合った。
やはりかなり痛むらしく、唇を噛み締めて毛布に伏せたその表情は強ばっている。
しかし斜に見上げてくるそのまなざしには、確かに見慣れた光があった。
「風見……」
「…おい……本当に、今日抜糸しても平気、なんだろうな……?」
どうやらからかわれている訳ではないらしかったが、結城は少しむっとした。言い返そうと息を吸い込んだ途端、風見の左手が袖を掴んで結城の言葉を止める。
「……むきになるなよ、おい」
まだ痛みに息遣いを乱しながら、風見はゆっくりと顔を上げた。
「全く……言われないと解らんのか」
そして静かに、結城の目を見つめる。
「……お前が本気で言ってるかどうか位、ちゃんと解っているから心配するな」
初めてまっすぐ見据えたその目は、最初風見の言葉に面喰らったようにまばたいた。やがてようやく意味を理解したらしく、みるみる険のある光がとれていく。
子供のように強情で、けれどいつも真剣なこの青年が風見の人生に関わってまだ間もない。しかしこれが決して短いつきあいでは終わらないだろう事を、その時風見は変に予見していた。
戦い続けてきた自分が、やっと巡り会った仲間を見誤る筈がない。それは自信とつながる確信である。
だから。
「解ったら、俺はもう少し眠るから……お前その隈消して、熱も少しは下げとけよ」
「風見」
「……同じ事を二度言わせるな」
手を放し、返事は待たずに窓へ身体を向けて横になった。
目を閉じても、瞼の裏には柔らかい夜明けの光が透ける。
滲みるようなそのほの白さにきつく目を閉じながら、風見は再びゆるやかに自分を攫おうとする眠りの波に、意識を委ねた。
遠くで小さく涼やかな音がしている。それが冷蔵庫を開けて、結城が製氷皿から氷をはがしている音である事が、風見には確かめなくても解っている。何故かは知らないが少し溜息をついている結城に、そういえば洗面台の横の棚にある毛布を使っていいと言い忘れたような気がしたが、今更目を覚まし直すのもものうい。
風見はそのまま枕に頬を埋めた。
<完>