※このページにはアンティーク(一応)ドールの写真があります。
持ち主にとってはとても愛らしい子なのですが、もし古いお人形やガラス目のお人形が苦手でしたら御注意下さい。でも可愛いので(親バカ)見てやっていただけると嬉しく。
「分相応」という言葉を、時々噛み締める。
環境から対人関係から、とにかくあらゆる事柄と「自分」に関して相対的に成り立つ価値観だ。
当然、持ち物も例外ではない。
あまりにも本人の身の丈に合わない持ち物は傍目から見ても不釣り合いだし、正当な扱いを受けられないところへ来てしまった物だって可哀想だ。
ことに年代を経てきている物ならば尚更のことである。
物に適したきちんとした保存やケアができない人間は、そもそもそういった物は「見るだけ」にとどめるのが「分をわきまえる」という事だろう。そうだろう。
年ばかり重ねても一向に品格備わらず、さりとて己を向上させようと努力しているかと言えば全くそんな事はないだらだら人間だが、せめて身の程くらいはわきまえておきたいものである。
なのでお人形に関しても、ある程度は手入れも勝手が分っているソフトビニール製もしくはキャスト製(これすらきちんとケアできているかも疑わしいのだが、それはさておき)と決めていて、ジュモーやブリューといったアンティークビスクドールはお店や本の写真で愛でるもの、と思っていたのである。
学生時代に思いきって一人だけ購入した市松人形の保湿さえ(※1)良く忘れているので、どんなに美しい子がいようとも私になど買われたらそれはその子に申し訳ない、と思い定めていたのだが。
時は2005年7月。
ところは東京ビッグサイト。(当日は震度4の地震が来たり)
半年に一度開かれる大規模な骨董市「アンティークジャンボリー」に出店されていたブースのガラスケースに居た桜ビスクに目を奪われたのを、運命などと呼んでしまうのは思い込みもはなはだしい。
しかし。
《以下、付け焼き刃の知識》
「桜ビスク」(さくらビスク、サクラビスクとも表記される)とは、大正から昭和(戦前)にかけて作られた和製ビスクドールである。
第一次世界大戦で敗戦国となったドイツから優良な白磁の輸出が途絶えた折に、日本で国内・輸出用に大量に製作されたという時代背景の元、今でも国内外を問わず箱入りの未開封品が見つかったりするそうだ。
頭部はビスク(二度焼の磁器)。胴体や手足もオールビスク(だと一体型で手足が可動しないものが多い)の場合もあるが、コンポジション(※2)製のタイプが一般的。胴体に手足をゴム紐で繋ぎ、動かせるようになっている。
胴体に鳴笛(押すと「ママー」と鳴く)が仕込まれているものも多く、「ママー人形」と呼称されたりする。
ガラス目が入っているものはスリープアイ(寝かせると目を閉じ、起こすと目を開くギミック)のものが多いが、フィクスドアイ(眼球が固定されている)や描き目(ビスクの顔に直接墨などで目が描き入れられている)タイプも散見される。
また「黒髪のおかっぱ頭にボンネット、ワンピース姿」というスタイルが一般的ではあるようだが、大陸風の民族衣装を着ているもの、男の子、更には金髪碧眼の「桜ビスク」も存在する。もう調べる程に何が何やら。
《付け焼き刃の知識終わり》
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しかし何といってもこの可愛さ。(ああ。親バカ全開…) 前述のように一応自省回路はあったので、一旦は保留にしたのだ。 それでも閉会間際に未練断ち切れずもう一度お店にとって返し、わざわざケースから出していただいたのだが、いざ決断の時至ってもまだ十分余も見つめ合っていた。 もっともその前に友人に(その節はありがとうごさいました>私信)わざわざキャッシュディスペンサーまで連れていって貰って資金調達していたところで、もう気持ちは固まっていたとも言えるのだが。 |
とは言え繰り返すようだが、この僅か18センチの可愛子ちゃんはアンティークなのである。
それも発売当時の箱に入ったまま数十年眠り続けた、文字通り貴重な「箱入りのお嬢様」だ。
意を決し「お願いします」と財布を取り出したものの、包んで貰っている時にお店の方が「可愛がって貰いなね」と話し掛けているのにまたふと心が締めつけられたり。
いいのか。こんなずぼらな人間が手許に置いて、本当にいいのか。
一抹の不安を抱えつつ、それでも躍るように帰宅した女がいたという事である(笑)。
帰り道にはもう名前も決まっていた。
美津子ちゃん。
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そして翌日、朝の光の内で眺めてみた。 箱に胴体と足首をくくった紐も緩みないものの、箱は相当に傷んでいたのでまずは紐を外し、全体のチェック。 本当はいけないんだけどな、と思いながらも汚れた箱を捨て、別の箱に置いてみたところがこちら(→)。 うーむ。 流石に年代ものだけあって、服の虫食いや傷みも盛大なものが。 この写真でも裾の辺りが目立つが、現物は更に全体的にダメージがあり、うかつにお腹を持ったらそこの穴をいきなり広げてしまって大慌て(笑)ダメージ増やしてどうするよ。 でもこの服をそのままにして、上から何か着せるにしても色々と問題がありそうだ。肩のリボンも邪魔になるし、写真では写っていないが背中側の汚れは正直あまり触りたくないので、気分的にも出来れば服は新しくしたいのだが。 そして箱にもともと蓋がなかったせいか、ちょっと顔や手足が汚れていたりするのだが、これは普通に拭いて良いものなのか。 更に手足にはどうも塗装の剥がれがあるようだが、これはどうしたものか。 さあ、どうする自分。 ケアできるだけの技術どころか知識もないぞ、素人! |
あるのは愛情くらいだが、果たしてそれで乗り越えられるものか。
しつこいようだが、アンティークドールなのだ。
既に私よりかなり年上であり、そしてきちんと保管すれば私よりもはるかに長生きする事必至である。
良かれと思って素人が修理したところかえって価値が下がってしまう、というのはテレビの骨董鑑定番組でも知られた話だ。
元の箱を捨てただけでも価値は半減しているのに、更にオリジナルの服を脱がせたりした日には、それこそ大暴落は免れまい。
勿論自分では売る気はないが。
だが例えば自分の死後、何らかのルートを辿ってこの子がオークションに出されたりしたとしよう。(※3)
「元箱はありません。服もオリジナルではなく、手製の粗末な服を着せられています。
でも大変可愛いお顔のお人形です。宜しくお願い致します」
などという紹介文までリアルに想像できてしまうではないか。開始価格は1000円くらいで。
そんなのは可哀想だ。
彼女の遠い将来を考えれば、このままにしておくべきか。
朝の光の内、またもや十数分も見つめ合っていたろうか。
そして私は彼女のボンネットを外しにかかった。
骨董的見地からすれば、勿体ない事かもしれないが。
でもこれは「お人形」だ。その使命は「愛される事」にある。
数十年(推定)も箱の中で待った挙句に現れた相手が私だったのは心苦しいが、せめて愛情を込めて可愛がろうではないか。
なお、以下は私の試した「あくまで素人の仕業」である。きちんとした保全・補修とは無縁である事をふまえて、お読みいただきたい。
海外輸出用の桜ビスクには(外国の女の子が可愛がってキスしても、頬紅が落ちないように)耐水性になっているものもあるそうだが、「濡れた布で拭いたら睫が消えた」という例もあるようなので、乾いた眼鏡拭き布で顔や手足をおそるおそる拭いてみた。
少なくとも埃はとれたようである。
手足や胴体(多分コンポジション(※2))のまだ残っている汚れは、市松人形の修理について書かれたサイトで「裏技」として紹介されていた方法を試してみた。
それは消しゴム。
新しい白の消しゴムをおろし、表面の塗装を落とさないように軽く気長にこすってみる。
何しろスーパードルフィーに比べれば小さい相手だけに、いくら時間をかけてもたかがしれたものである。効果の程は定かではないが、少しは綺麗になったような気がしたので良しとしよう。
やはり手足胴体の塗装がところどころ剥がれているが、どうやら素人がどうこうできるものではないようなので、何もしない事にする。
目玉の瞼にあたる部分の塗装もすっかり剥げているので、寝かせるとちょっと白目をむいているみたいだが、うっかり手をいれるとただでさえ調子の微妙なギミックが壊れかねない、とこちらもそのままにしている。
脱がせたボンネットと服は、とりあえず袋に入れて保管。
その下にガーゼ製とおぼしき下着も穿いていたのだが、こちらも変色著しいし、そのままだと足の状態も判り辛いので外した。
何と胴体に糊付けされていたのだが、ちょっと引っ張っただけでぺりぺり剥がれてくる。糊の跡も殆ど残らない。若干気になるところはこちらも消しゴムをかけたら落ちたようである。
一応この下着も服を入れた袋へ。
さて、肝心の新しい服だが。
見よう見まねでまずボンネットを作ってみたら、何だかナイトキャップのようになってしまった。レースの選択も敗因だったかとも思われる。
「あああ相変わらずセンスないな自分」と項垂れつつ、しかしこの際、服を部屋着というか寝巻きテイストにして雰囲気を統一するという手もあるではないか、と発想の転換をはかってみた。
そもそもまともな服を作れる自信はあったのか、と突っ込んではいけない。
諸々の事情(関節部がハゲるとか、ちょっとヒビの入っている肩に触るのが恐いとか、髪が盛大に抜けるとか)から着せたり脱がせたりは最小限に留めたいので、元の服の寸法を計って適当に型紙をおこし、どうにか服が一着完成した。
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着せてみた。 試作とはいえ、もう少し古典柄の布にした方が良かったかもしれない、という反省はいつも後からついてくる。 「可愛くてちょっと昭和初期的モダン」を目指して柄を選んだつもりだったのだが、思いきり現代柄の服を着せられてさぞや本人も吃驚している事だろう。 ちなみにテディベアは、確かシャンパンか何かについてきたオマケ。間違っても自作ではない。 このミニサイズにしてちゃんと手足がボタン留で動くようになっている、オマケとは思えない出来映えである。 以前の骨董市で買った古布の端切れがあるので、近々それを使って別の服を作る事にしよう。 それまでは寝巻きみたいですまないが、この服で我慢してくれたまえ美津子ちゃん。 |
果たして私が彼女にとって「分相応」になれるかどうかは、これからにかかっているとも言えるのだが。
そしてここしばらくは彼女にかかりきりだったのだが、他のお人形の世話もしなくてはと思い出したり。
…「分不相応」コールは、他のお人形達から起こるかもしれない。
※1:市松人形は桐塑(桐の粉を糊で練って固めたもの)に胡粉(貝殻の粉)塗りで作られている為、乾燥するとひび割れたりする危険がある。逆に湿気が多すぎると着物がカビたりするので、勿論こちらも注意。
ので、ケースに収めて小さな水入れを置き、湿度を調節するのが正しいオーナーの心構えなのだが、これすら忘れがちなずぼらオーナーである。
※2:紙や木の粉を、にかわで練り固めた素材。アメリカ製のコンポジションドールをはじめ、ビスクドールの手足等にも良く用いられる。これを上記(※1)の桐塑とどう見分けるのか、実は全然分かっていない。
※3:もっともこれはこの美津子ちゃんに限らない話。
1/6のお人形達とか(スーパードルフィーの耐久性については色々言われているが、どうだろう?)玩具類とか、だからなるべく箱は捨てないようにはしている。開けて遊び倒してはいるが。