「仮面ライダーV3」ライダーマン編とは+この話の前置き


「仮面ライダーV3」

1973.2.17〜1974.2.9放映の特撮作品。全52話。
 世界征服を企む悪の組織デストロンに両親と妹を殺され、自身も瀕死の重傷を負った風見志郎は
仮面ライダー1号・2号の手により第3の仮面ライダー・V3としての力を得て、デストロンとの
果てない戦いにその身を投じる事となる。

 V3に次々と大幹部を倒されていくデストロンがついに招聘したのは、最も残忍な大幹部ヨロイ
元帥であった。着任したヨロイ元帥はV3に対する作戦を展開する一方で、デストロン内部におけ
る実力者・デストロン科学者グループの若きリーダー結城丈二を目障りに感じ、彼に裏切りの汚名
をきせて処刑しようとする。
 科学者グループの助手達の命懸けの行動によりからくも脱出したものの、その直前に硫酸のプー
ルに浸けられて右腕を失い、また助けてくれた助手達をもデストロンの追手に惨殺された結城はヨ
ロイ元帥への復讐を誓う。失った右腕に装着した人造アームと、マスクに連動する強化服で復讐の
鬼・ライダーマンとなった結城。その素性を知り、風見は共闘を申し出るのだが、デストロンを世
界の発展の為の組織と信じこまされていた結城はなかなか風見を信じようとはしない。
 しかしそんな結城もやがて少しずつデストロンの実体を知り、風見の言葉を受け入れるようにな
る。そんな矢先、デストロンが東京を灰燼に帰すプルトンロケットの発射を画策している事を知っ
た風見と結城はデストロンのアジトに潜入した。まさに発射寸前の操縦席に乗り込んだ結城=ライ
ダーマンが進路を変えて、虚空に四散するプルトンロケット。
 その爆発を目視したV3は、ライダーマンに仮面ライダー4号の名を贈るのだった―――。

…と、かくも感動的な盛り上がりを見せた本編なのだが、死んだ筈のライダーマンがこの後の「仮
面ライダーX」で「どっこい生きてた」(おやっさん談)から話はややこしくなるのである。

 復活劇に関しては諸説あり、「仮面ライダーSpirits」に採用されて多分現在最もポピュラーで
あろう「タヒチ漂着説」は「Xライダー劇場版」から来ている訳ですが、他にも「ダブルライダー
に助けられて強化手術を受けた説」(テレビマガジン)等もあったりします。
「どれが本当なんだか解らないんだから、バリエーションを思いつくだけ書いてみよう…」と「第
52話直後」の話はもう5本位書いたでしょうか。
 この「最終話直前総決算・あるいは正義の味方への回帰の為の序章」はその中でも極北に位置す
る、いわば「反則ネタ」な話です。
 正直「それを言ってしまったらおしまいだ…」な話ではあるんですが、先日ネット再録のリクエ
ストをいただきました。ありがとうございます。
 初出の「横顔は正義」は「正義の横顔」別冊付録のギャグ本でした。
 …まあ、そういう事で。

登場人物簡単説明

風見志郎(宮内洋):仮面ライダーV3に変身する。
城南大学の生化学研究室の研究生で立花レーシングクラブのレーサー、という本郷猛にとっては
既に二重の意味での後輩だったのだが、V3となった事で三重の後輩になった。もう運命としか
呼びようのない念の入りようである。その「先代直系・先輩謹製」さに「仮面ライダー」と呼ば
れる番組を継承する事、その担い手たる主人公への慎重な愛情が込められている、気がする。
 そして初期話数の頃は後輩らしく、先輩を見つめる目もどこか初々しく健気で性格的にもスト
レートだったが、次第に揺るぎない主人公へと成長を遂げていく。
 かつて先輩を海の彼方に見送った場面を再現するが如き第51話ラストに於いて、彼はその死を
悼みながらもしっかりと受け止め、今度は自分自身が「先輩」として列するその名を贈るのだ。
 …という感動の名場面をぶち壊すが如きこの小話である。大変申し訳ない。

結城丈二(山口暁):ライダーマンに変身する。
上記のような経緯で脱走者となったのだが、デストロンを人類の平和に寄与する組織と信じてい
た為、「デストロンの為にヨロイ元帥と戦う」のが最初の目的だった。本人が計画に与していた
かどうかはさておいてもデストロンが作っていた改造人間等については知っていたようなので、
あれが世界平和の為の組織だと信じていられたのも不思議な気はする。どうやら言われた言葉は
全て額面通り受け取るタイプのようなので仕方ないが。
 その後デストロンの実体をようやく知るに及びV3と共闘するようになるのだが、自分を育て
てくれたデストロン首領への恩義をなお捨てきれずに惑う。その煩悶をようやく断ち切れた時、
しかしそれは同時に自らの最後の拠り所の否定をも意味したのだ。そんな彼の目の前には、全て
を決着するべくプルトンロケットの操縦席があった…。
 …という悲愴感漂う贖罪の名場面ををぶち壊すが如きこの小話で(以下略)。
 とりあえずこれなら普通に「どっこい生きてた」事にしても問題ないような気はするのだが、
その後「再改造」するとした場合の理由づけが難しくなるのは否めない。