最終話直前総決算・あるいは正義の味方への回帰の為の序章(仮面ライダーV3)

「横顔は正義」(1991.12.30発行)より(作品前置と「仮面ライダーV3」ライダーマン編についてはこちらへ



「……さらばだV3……後は頼んだぞ」
デストロンの殺戮兵器・プルトンロケットは本来の目的地を急速にそのレーダーの座標から失いつつあった。設定されたその針路を強制的に変えようとする侵入者の操縦系への介入に、外壁すらも軋んで悲鳴を上げている。
 自身もそのすさまじい加速に操縦桿をとる手を振り切られそうになるのをかろうじてこらえながら、ライダーマンはなおも警告を発しながら軌道を修正しようとする自動制御装置を手持ちの爆薬でようやく黙らせた。これでこのプルトンロケットが東京に落ちる事はない。
 スクリーンの中の空はどこまでも高く遠い。どこまで飛んでも果てないその広がりは、プルトンロケットの爆発一つ位受け止めて余りあろう。手元のカウンターはゼロ・アワーまで一分余を残すのみとなった。その間に少しでも高い空へ、と念じながら、ライダーマンは意外にも自分に何の未練もないのにふと気づく。あれ程誓った復讐すらも、今ここに居る事を後悔させはしない。
 自分の残す思いは全て仮面ライダーV3が果たしてくれる事を、知っている事のように信じているためかもしれなかった。自分は多分正義の味方ではなかったかもしれないが、しかしそんな自分に、東京を救う事ができるなら。
「―――ライダーマン、結城丈二の最期を見ろ!」

 次の瞬間、プルトンロケットは閃光と轟音の内に四散した。

 予期していたのとかけ離れた身体の重さが、ゆっくりと戻ってきた最初の知覚だった。
 爆発に備えて反射的にこわばらせていた手足の緊張が、死んだにしては絡みつく程重い。
 まだ幾分おそるおそる、目を開けてみた。
 マスクと閉じた瞼を通して目を灼いた閃光の名残が視界を悪くしているが、二、三度まばたきする内に視力が戻ってくる。
(僕は……)
が、だからと言って、見えるという事と目の前の光景を信じる事とは別である。
(僕は死んだ筈だが……いやそれより)
しかし何回まばたきしても、その有り得べからざる光景は一向消えてはくれなかった。
(一体どうして、こうなるんだ?)
茫然とするのも無理からぬ話である。
 目の前にあるのは、さっきからライダーマンが座っている―――しかし確かにたった今、空の彼方に消えた筈のプルトンロケットの操縦席であった。ただし一つだけさっきと違う、というところをあえて探すとするなら、外を映している筈のスクリーンが放映終了後のテレビよろしく雑音混じりの砂嵐画面を送っている事くらいである。
 幻覚ではないのか、という自問を、背にあたるシートとまだ握っている操縦桿の感触が打ち消す。
 という事は。
 認め難い事ではあるけれど。
 どうやらライダーマン―――結城丈二は生きているのだった。

 それでも立ち上がる気力が生まれたのは、このふざけた茶番のからくりを明らかにしないとおさまらない、という生まれながらの科学者根性の賜物である。
 まだ思考はほとんど停止したままだったが、ようやく操縦桿から引き剥がした手が、操縦席前面のユニットを外して蓋を開けた。
(………)
その内にあるものが何だか解った時には、このパニック状態の内でほとんどの感情が活動を止めている結城ですら思いきり力が抜けた。
(…これは…体感シミュレーション装置だな…)
平たく言えば、ゲームセンターのアーケードゲームによくある、自分の飛行機や車が衝撃を受けるとシートに震動が伝わるという、あれと同じようなものと思っていただいてよい。
 それがこの操縦席につけられているという事は。
 仮定を検証するべく、操縦室の重いドアを開けて外へ出た。
(やはりな…)
そこにはつい数分前、結城が目指した光景があった。
 デストロンアジトの内。プルトンロケット搭乗口への連絡通路。
 いや、搭乗口というのはだから正しくはあるまい―――遠隔制御室入口というのが、この場合の正しい呼称となる。体感シミュレーション装置を搭載し、あたかもロケットに乗り込んでいるかのような感覚を操縦者に与える遠隔操縦用の制御室。

 結城は黙って左一の腕を壁につけ、その上から額を押し当てたまましばらくじっとしていた。
 気を取り直すには結構時間がかかった。なにしろ生来一本気な性格なのである。
 生き延びた事が嬉しくない訳ではない。ないが、それを儲けものと喜べるような性格なら、今こんなところにはいない筈なのである。一瞬の判断ではあったけれども、私怨も捨ててこの命を東京をプルトンロケットの爆発から守る事に懸けよう、と思い定めたあの覚悟は、このような場合一体どこへ行けばいいのだろうか。緊張の反動と呼ぶにもあまりに間抜けな気分に、しばし結城はその場から動けずにいた。
 ややあってようやく、いつまでここにこうしていてもどうなるものでもない、と自分を叱咤して身体を起こす。
 ロケットと命運を共にする戦闘員の命を惜しんだものかはたまた単なる冗談かは知らないが、とにかくこの操縦システムの設計者達はこの仕掛けを公にはしなかったらしい。そうでなければデストロンの一大計画を潰した自分が、かくも長時間ぼーっとしているのがこのデストロンアジト内で見過ごされている筈がなかった。
(……そうだ)
次第に少しずつ、正常な思考が戻りつつあった。
(風見はどうしたろう?)
この基地の最大目標であったプルトンロケット発射が失敗した今、既に警備の戦闘員すらV3と戦う為に出払っているらしい。出口に辿り着くまで、結城を邪魔する者は一人としていなかった。

 爆煙を風が吹き払うと、後はただ静かな海だけが変わらず打ち寄せている。
 その海を臨む岸壁に立って、仮面ライダーV3は今、自らの命と引き換えに東京を救った戦友へ贈る言葉を探し続けていた。
「……よくやってくれた。君は英雄だ」
それはついにこの正義の味方がその友人に向かって告げる事のできなかった言葉かもしれない。既にどのような言葉も遅い、とかすかに思いながらも、しかしV3はそれでも言わずにはいられないのだ。
「俺は君に、仮面ライダー四号の名を贈るぞ……」
空へ向かって告げる、その言葉は強く淀みなかった。
 そしてその姿はあまりにもきまりすぎていたとも言える。友人の死を悼みながらもなお、一瞬たりとも悲しみに浸り切る事は許されず、正義の為に戦い続ける宿命を負うその後ろ姿は、一分の隙もなくシリアスであった。
 とてもではないが。
 今更のこのこ生きてましたと出ていけるような光景ではない。
 どうしてこう自分は間が悪いのだろう、と結城は密かに溜息をつく。せめてあの台詞を聞く前なら、まだ爆発のどさくさ紛れに走り出していって、見ろ東京は助かったぞついでに何だか知らないが一応僕も助かったみたいだからまた戦おうデストロンの壊滅までもう一歩だとか、なんとか言ってとにかく現状を納得だけはさせられた、ようにも思うのだ。
 しかし、かくも感動的な場面が出来上がってしまった今、このかくも馬鹿馬鹿しい現実が美しい思い込みの前にその存在意義を失うのを結城はひしひしと感じていた。
 この場へ臆面もなく出て行くには、あいにく結城も大人になりすぎている。
 岸壁に佇むV3の背中を一瞬強く見つめ、結城は静かにきびすを返した。

 自分の役目は終わったのだ、と思った。
 V3はおそらく一人でもデストロンを壊滅させるだろう。悪意に満ちた幸運の悪戯のはからいに生き延びたとはいえ、既にこの戦いで自分の果たすべき役割はあの瞬間終わっている事を、結城は確信に似た確かさで思う。
(……やれやれ)
ふっと息をつく。
(やっと行き場所を見つけたと思ったがな。……さあこれからどうする、結城丈二?)
全ての確執からも解放された今、結城を縛るものはなに一つなかった。が、さりとて自分を迎える故郷も、自分を待つ者もない結城である。
 自分はこれから何の為に生きていけばいいのだろう。
 手持ち無沙汰に探った左手が、硬質の手触りのする右腕に触れた。
(…僕に残ったのは)
かすかに苦笑して。
(結局この身体だけか……普通の人間よりは多少戦えるという程度の改造度の)
ややもすれば自嘲的に自問自答しながら、しかし結城の左手はまだその彼の唯一の武器を探っている。居場所のない結城にとって、それだけがよりどころででもあるかのように。
 少し情けない事ではあったが、どうやらこれだけが今の自分にとっての真実となるのだ、と結城はゆっくり考え始める。デストロンを信じていた事を間違いだったと知り、それと戦い始めた時にようやく始まった真実。
(俺は君に、仮面ライダー四号の名を贈るぞ…)
ふっと耳元に、風見の声がよぎった。
(僕が仮面ライダーだって?……かつてはデストロンの科学者として紛れもなく悪に加担していたこの僕が、仮面ライダーになり得ると君は言うんだな……)
かすかに微笑が浮かんだ。
 科学者としての研究を捨てるつもりはない。だがその道を選ぶにせよ、同じ過ちを繰り返さない為には自分はその真実から目を背けてはいけないのだと結城は思う。デストロンが滅びても、地上から悪がなくなる訳ではないのだから。
 そしてその悪と戦い続ける者の名が仮面ライダーであるなら、自分もまた確かにその戦列に加わる時が来る筈だと結城は思う。その時は完全に私怨をはなれ、ただ世界の平和だけを願って戦える筈だと。
 何故なら自分はその真実を知っていて、戦う為の身体を未だ残しているのだから。
(……一度は捨てた命だ)
 自ら思い定めた責任の為に。デストロンという組織に忠誠を誓った自分の責任を全うする為に、選んだその清算ではあったが。
 それでもこうして生き残ってしまったという事は、まだ自分にはやらなくてはいけない事があるという事なのだろうと思う。
 おそらくはあの厳しくもやさしいまなざしをもつ、正義の味方のように。
(ならばこの命、もう一度懸けてみるか? 彼と同じ道に……正義の為に戦う道に)
静かに、しかし確かな充足感が満ちてくる。あたかもずっと長い間、探し続けてきたものを見つけたかのように。
 自分は長い長い遠回りをして、ようやく一番正しい道に辿り着いたのかもしれない。
(…風見)
ひとつ、息をついて。
(君に黙って行く事を許してくれ……だが)
右手指をゆっくりと伸ばし、そしてしっかりと握りしめる。
(だがまた僕達は出会うな? 同じ道を進む限り、僕らはまたすぐにその道の上で出会う……だからその時には、笑って今日の事も話せるだろう…)
結城丈二―――仮面ライダー四号は歩き出した。どこへ向かえばいいのか、何を当てにすればいいのか、そんなことは微塵も思いつかなかったが、自分が何の為に動かなくてはいけないのかは知っていた。



     (「で、どうなりました?」
      神敬介が尋ねた。
      「何が?」
      結城は聞きたくなさそうに聞き返した。
      「それで、風見先輩に会って何て言ったんです?」
      それだけは聞かれたくなかったのだが。
      「……何も」
      「何も、ですか?」
      「だから」
      あまり思い出したくない記憶を掘り起こして、結城はしぶしぶ答える。
      「姿を見せた途端、ものも言わずに思いきりぶん殴られたからな。……こう」
      上から―――下へ、殴り降ろす腕の軌跡を軽く真似てみせる。
      「それで終わりだったから、僕は何も言ってない」
      「……はあ」
      何と言っていいか解らずそのまま絶句している神敬介をちらりと横目に見て、結城は目を閉じた。)


                                <完>



   



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